2016年 4月1日〜15日
4月1日  巴〔犬・未出〕

 その後は、観客にまわって楽しんだ。
 下手なダンサーにもたくさんの拍手を送った。

 勇気の出しすぎでよたついていたが、気分は悪くない。どのへたっぴも神ダンサーもみんなかわいかった。
 みんな同じ踊る阿呆。おれもみんなの一員なのだ。

(高校以来だ)

 みんなといっしょにいるのなんて、高校以来だ。

「トモエ、ワルツはわかるな」

 ミハイルがプーさんの面をつけて言った。

「?」

「足踏んでもうらみっこなしだ」

 ミハイルはおれの手を掴んで、フロアに出た。
 えええ? 美しく青きドナウだ。


4月2日 巴〔犬・未出〕

 ミハイルはおれの手を自分の肩に置き、踊りの輪に入った。
 プーさんの面がスッと姿勢を正す。

(ちょ、ま、おれワルツなんて)

 ワルツなんてテレビで見たことがあるだけだ。イメージはなんとなくわかる。おれはミハイルのリードについていきながら、周囲を盗み見て、だいたいの動きを理解した。

 社交ダンスはさすがに経験者が多い。大勢が参加していた。男役はみな板についている。
 ミハイルも胸をおこした姿勢が格好よかった。プーさん仮面のくせに。


4月3日  巴〔犬・未出〕

「ワンツースリー。ワンツースリー」

 ミハイルはリードがうまい。
 おれはすぐに調子に乗って、くるくる回った。

(同じ動作ばかりじゃつまらないな)

 競技ダンスの勝手なイメージのままに、足を蹴り上げ、飛び上がる。三拍子ならいいんだろ?

「どこいくんだ」

 ミハイルが腕のなかに巻き戻す。最初は呆れていたミハイルもだんだんノってきた。
 動きがのびやかになり、おれのジャンプにあわせてサポートしてくれた。
 リフトだ。ひゃっほー! たかーい。


4月4日 巴〔犬・未出〕

 帰りのバスは少し混んでいた。
 おれは窓際の座席に沈み込み、祭りの余韻に浸っていた。

 胸がいっぱいだ。手には賞品の包みがあった。有志特製のピクルスとジャムらしい。

 特にうれしかったのは、いっしょにECHOを踊った三人が褒めてくれたことだ。三人ともミクのファンで、彼らの言葉は熱かった。またいっしょに踊りたいと言ってくれた。

(どうしよ。ゲームやってないのかな)

「次だぞ」

 ミハイルが家に近づいたと教えた。おれはその時、彼がずっと黙って隣にいてくれたことを思い出した。


4月5日 巴〔犬・未出〕

(お、お礼言わなきゃ)

 おれはにわかに緊張した。
 今日はおかげで一年分ぐらい楽しかったです。なんとお礼申し上げてよいか。

「あの、……ありがと」

(あああ)

 やっぱりうまいこと言葉が出ない。また目を見ることができない。ごめんなさい。
 だが、ミハイルの声は明るかった。

「ダンスなんてひさしぶりだった。トモエのおかげで楽しかった」

 わっと熱いものが顔にひろがり、おれはあわててガイ・フォークスの面をつけた。
 泣きそうだ。

 バスが止まり、あいさつもそこそこにおれはバスを降りた。


4月6日 巴〔犬・未出〕

 おれは風呂に入って泣いた。

 何で泣けるのかよくわからない。興奮の量が多すぎるんだろうか。ラッキーが多すぎて、体が受け付けないのか。

 とにかく、ミハイルの言葉の何かに泣けてしかたがなかった。嗚咽で息が苦しい。顔がゆがんで痛い。わけがわからん。

 なんか寒いなと思ったら、いつのまにか湯につかって寝ていた。

(あぶね。死ぬ死ぬ)

 あがって、パンツだけ穿いてベッドにもぐりこんだ。目が醒めた時は丸一日経過していた。


4月7日  巴〔犬・未出〕

(さあさ。自慢しなくちゃ)

 おれは夕食後、ゲームにINして、仲間のチャットに入った。

『おまえら、今日のおれは昨日までのおれとは別人なんだぜ』

 もう家から一歩も出られないパラディンじゃないんだぜ。

『なんだ。新しい装備が出来たのか』

『リアルで生まれ変わったんだ。昨日』

 その時、別のやつのチャットが入った。

『聞いてくれ!ミハイルと踊ったのはエリックじゃないってよ!』

『なに?』

『てことは、おい』

 あ、それおれ、と書こうとした時だった。

『誰だ。見つけ出して吊るせ。火あぶりだ!』


4月8日 巴〔犬・未出〕

 ギルド内は騒然とした。

『おい、誰なんだよ。ミハイル王子と』

『おれなんか会話すらろくにできないってのに、彼の肩に触っただと……?!』

『おれも挨拶程度だ。それだってやっとだ』

『ゆるせん』

『背は180ぐらい。髪は黒かダークブラウンのやつだぞ』

『クソ。絶対見つけ出す! 抜け駆けの罰を受けさせる!』

(……)

 仲間がおれの話を思い出した。

『で、おまえはどう生まれ変わったんだ』

 おれは返事を書き直した。

『いや、全裸でホタテ貝の上に立ってみただけだ』


3月9日 アル〔わんわんクエスト〕

 ダンスバトルは成功した。

 30人も来ればいいかなと思ったけど、最後は百人以上集まったようだ。
 ダンスクラスも潰れずに済む。めでたしめでたし。

 意外な効果として、ミハイルにちょっとした変化があった。次のダンスバトルはいつやるのか聞いてくる。

「さあ。もうわたしの手を離れたからねえ。出たいの?」

「いや」

 そのくせ時々、トモエの動静を聞く。

「あいつ、全然出てこないな。バスの乗り方教えたのに」

 久々に踊ってよほど楽しかったらしい。踊るって楽しいよね。


4月10日 フィル〔調教ゲーム〕

「昔、タカトウ村という平和な村がありました。

ある朝、村の広場で、フィルの無残な死体が発見されました。死体には獣の噛み痕。

『この村には人狼が潜んでいる』

村人の誰かが人狼にすり替わっているのです。
それはアルなのか。エリックなのか。ミハイルか。キース、あるいはロビンか。

人狼は確実に毎晩、仲間を屠っていきます。

『人狼を吊るせ!』

タカトウ村の存亡を賭けた、村人と人狼の戦いがはじまりました」


4月11日 フィル〔調教ゲーム〕

 ロビンが妙な顔をして、相談に来た。

「おれ、バカかもしれない。このゲームが全然わからない」

 彼が差し出した用紙には、会話のログが連なっていた。

「なにこれ」

「人狼ゲームのチャットログ」

「?」

 一部の犬の間で人狼ゲームとやらが流行っているらしい。

「おれもやりたいって言ったら、初心者はルールを把握してから来いって」

 ログを渡されたらしい。

「何度読んでも頭に入ってこないんだ。フィル、説明してくれよ」

 ぼくもやったことがないんだが。まあいい。

「じゃ、みんなでやってみるか」


4月12日 フィル〔調教ゲーム〕

 ぼくはみんなにカードを一枚ずつ配った。

「人狼ゲームやったことある人」

 ミハイルが手をあげた。

「いとこの家で一回だけ。人狼じゃなくてマフィアだったな」

「OK。ほぼ皆初心者だな。よし、――このゲームはある村の生き残りをかけた戦いだ」

 ぼくは説明した。

「タカトウ村に、人狼が二匹忍びこんだ。二匹の人狼は村人にすり替わり、村人のふりをして毎晩、ひとりずつ村人を食べていくんだ。最終人数が人狼と同数になった時、村は終わる」

「……」


4月13日 フィル〔調教ゲーム〕

 ぼくは続けた。

「無論、村人もやられっぱなしじゃない。誰が人狼か推理し、こいつだと思ったやつをしばり首にしていく。人狼を早く二匹とも退治すれば、村人の勝ちなんだ」

「簡単だな」

 エリックが言った。「じゃ、はじめよう」

「落ち着け。どうやって人狼を当てる気なんだ」

「……フィルから吊ってみる」

「行き当たりばったりやると、タカトウ村はすぐ滅ぶ。

村には占い師という特殊技能者がひとりいるんだ。彼は占いで、メンバーが人狼かどうか知ることができる。毎晩ひとりずつ調べられるんだ」


4月14日 フィル〔調教ゲーム〕

 エリックはまた言った。

「じゃ、簡単だな!」

「だから落ち着け。この占いの脅威に対して、狼もただ待ってやしないんだ」

 ああもう。言うより、やらせたほうが早い。
 ぼくは全員にカードをそっと見るように言った。

「じゃ、目をつぶって。狼カードの二人だけ目を開ける」

 ロビンとアルが目をあけ、ニヤッと笑った。

「了解。初日はゲームマスターを食べる決まりだ。ふたりはぼくを食べました。はい、目を閉じて。次、占い師、目を開けて」

 エリックがぱっと顔をあげた。
 ぼくは制した。

「何も言うな!」。


4月15日 フィル〔調教ゲーム〕

「黙って。占いたい人を指す」

 エリックはアルを指さした。

「よし、彼は」

 ぼくは『人狼』のカードをさしあげた。

「はい、目をつぶって。朝が来ました。みんなおはよう。目をあけて。村の広場で、ぼくが無残な姿で発見されました。みんな、人狼は誰か推理してくれ。人狼はあてられないよう撹乱するんだ」

 エリックが言った。

「アルが人狼だ。おれは占い師だから間違いない」

 キースがうなずく。

「じゃ、ひとりは減らせるね」

 その時、ロビンが言った。

「いや、エリックが人狼だよ。占い師はおれだ」


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